Profile
Acier Muller アシエ・ミューラー
群馬県前橋市出身。
大学中退後、
アメリカはホピ族の人々との現地での交流をきっかけに、画家・作家への道を志す。
民族美術、金属のイメージ、アンティークオルゴールの機構と技術者たちの情熱、無声映画の世界など、様々な自身の体験をヒントとしてものを作る。
”詩のまち”前橋にて朗読者としても活動中。
◎最近の活動

2020 「台風19号チャリティー展」参加 (群馬/ギャラリーアートスープ)
2020 「Independent Tokyo 2020」出展 (東京)
2021 「フェイカー展」グレイ・グレイデイテッドとして参加 (群馬/ギャラリーアートスープ)

2022「群馬シュルレアリスム展」isomeki氏と共同開催(群馬/ギャラリーアートスープ)
2022年よりポエトリーリーディングの活動を開始。
Statement
悟りの前 薪を割り、水を汲む
悟りの後 薪を割り、水を汲む
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私たちは誰もが“生活”をしています。その本質は単なる生存のための活動だけではなく、「心の活動」でもあると考えています。
小さな情緒や心情から、”個人”や“世界”といった存在そのものに対する深遠な洞察まで。心理と形而上の領域を、この「心の活動」は様々な段階で担っています。
しかし現代の多くの場面において、それらは無視されやすい、あるいは見ないようにされている領域であると感じています。
         
これはアリゾナのホピ族の人々と交流したときに、私の中で大いに感じられたことでした。ホピの人々は自然や他者、そして自分自身といったあらゆる関係との調和によって、自身の心が安らぐことを知っています。その調和の状態を確認し思い出すための手段も、“儀式”や“心理的ワーク”のように多様な形で受け継がれていました。しかし今、私たちの日常にそれらのような知恵を見ることは少なくなっています。
もう一つ、私が関心を寄せていることがあります。
それは心理学の言葉を借りれば、「自分の問題について投影と否認を続け、それと向き合わないままでいることによって生じる不満や空虚」を「外界の人やモノで埋めようとする」という精神力動です。私たちの世界では、これがメジャーな「問題とその解決法セット」であり続けています。
この「自分の心を見ないでいる」という解決法は、一見するとうまくいくように見えます。しかし、それは純粋な喜びを隠すのみならず、私たちの感じる日々の悩みや怒り・空虚感の“根”に蓋をしてしまうことにも繋がります。これによって、私たちはつらさの原因をいつまでも持ち続けてしまうことになるのです。
この様々な心の領域、現代社会における一人一人の心理と形而上の迷子といったテーマに、私は大きな関心を寄せていました。

しかしその一方で、ひとたび世界の民族美術や古代の人々の遺跡・遺物たちと向き合えば、彼らの「心の活動」がいかに豊かなものであったか、そしてそれがいかに“生活”に浸透したものであったかを、ひしひしと感じることができます。
彼らの物作りにかけられる情熱のようなエネルギーに、私はいつも驚かされてきました。
プリミティブアートとも呼ばれるこれらの作品が私たちの心を掴むのは、その土台となる彼らの豊かな“生活”が、アートと密接に関わっているからではないでしょうか。
彼らがアートを作る理由は様々にありますが、その多くの作品に反映されているのは、彼らの生き生きとした“生活”そのものです。古くからあらゆる段階の「心」と向き合ってきた彼らの文化は、何よりもまっすぐに、私たちの蓋をしていた心に優しく語りかけてくるようです。私たちはそのアートの意味を探り、知ろうとすることで、今まで見ることのなかった心の領域を見ることになります。


私にとってアートとは、そのような力強い体験を生み出す窓口のひとつでした。
それは外界のものに心の充足を依存するのではなく、ついに自身の心に向き合うこと、“本当に意味のあるスタートラインに立つこと“で見出される希望と喜びです。
         
         
私は日本の現代社会で“生活”する者の一人です。そして、現代社会において「心の活動」が豊かにできないなどということはありません。
「心の活動」は時と場所を選びません。
だからこそ私は、私のいま生きる場所において、この情熱の力をふんだんに乗せて、何よりもまっすぐに心に語る作品を生み出したいと思っています。

日々の“生活”で忘れがちな心の静けさと、その安寧を思い起こせるような。
また、鑑賞者の方が自分自身の心と向き合い、深く鎮まることができるに耐えうる“器”のある作品づくりを大切にし、
新鉄鋼スタイルが異文化に触れた時のようなスパークをもたらせる、力あるスタイルとなれるよう、育て上げていきたいと思っています。